2012年8月9日木曜日

『民権と憲法』 牧原憲夫

私は日本の「創られた伝統」ということに関して言えば、日本の近代に関してきちっと把握できているという自信が無かった。
そこで岩波新書のシリーズ日本近現代史が読みやすいように思えたので、読み始めた。
2巻目のこの書は一見タイトルは面白みのないもので、全部読み切れるか心配だったが、下手な歴史小説より余程面白い。
Wikipediaには「牧原 憲夫(まきはら のりお、1943年-)は、日本の歴史学者東京経済大学非常勤講師。専門は日本近代史  特に明治期の民衆史社会史。 」と紹介されている。
タイトルが政治史のようなイメージを与えるのだが、民衆史・社会史に近い理由がよく分かった。

網野善彦氏は大上段に日本史の「創られた歴史」の部分を批判して、それはそれなりに考えさせられる。
しかし、牧原憲夫氏のように民衆の立場に立った史料を突きつけるほうが、底の浅い「創られた歴史」を笑い飛ばすことができる。
つい最近まで「美しい国日本」とか「和の文化の再考」とか、日本人をあたかも古い伝統の中で維持された民族のように捉える傾向が強かった。
網野氏は日本という国家の起源まで遡って批判したが、明治初期の状況を描くことで充分批判できることが分かる。

私はそもそも権力側にあった薩摩の歴史を調べることから取り組んだので、明治初期の薩長の動向は特に気になっていた。
薩長によって創られた伝統・歴史が、その後の薩長によって創られた軍や官僚システムの中からできあがった権力によって、当初よりもいっそう突出した既成事実の権威を持って暴走した。
薩長は潜在的に権威を維持しながら、表舞台から裏側に回ったという印象である。
その最たるものが近代天皇であるが、この書ではいかに伊藤博文が明治天皇を信頼していなかったかがよく分かる。
明治天皇は長州によって捏造されたとまで言われるのが分かるような気もする。

たぶん、多くの読者はタイトルだけで敬遠してしまいそうなので、この書を立ち読みでも良いから手にとって、章立てに拘らずに呼んで貰いたいと思う。
私が以前から研究してきた、教育史や家族史なども分かりやすく概観してくれている。
硬そうな岩波新書を読んでいながら、思わず吹き出してしまうことで愉快に感じるのではないかと思う。
高校の日本史を受験のために字面だけ勉強しただけでは、面白みのないこの時代を、面白く描いてくれているお勧めの書である。

目次
民権と憲法
シリーズ日本近現代史②岩波新書(新赤版)1043
2006年12月20日第1刷発行


著者牧原憲夫【まきはらのりお】
発行者山口昭男
発行所株式会社岩波書店

   目 次

 はじめに

第1章 自由民権運動と民衆…・
   1 竹橋事件と立志社建白書  2
   2 県議会から国会開設へ  8
   3 国民主義の両義性  18


第2章 「憲法と議会」をめぐる攻防:…・     ………・31
   1 対立と混迷  32
   2 明治一四年政変  38
   3 自由民権運動の浸透と衰退  30

第3章 自由主義経済と民衆の生活…          :59
   1 松方財政と産業の発展  60
   2 強者の自由と「仁政」要求  70
   3 合理主義の二面性  80

第4章 内国植民地と「脱亜」への道      ・…:93
   1 「文明」と 「囲い込み」 の論理  94
   2 琉球王国の併合  106
   3 朝鮮・中国と日本  112

第5章 学校教育と家族…・             …127
   1一八八〇年代の学校教育  128
   2 森有礼の国民主義教育 134
   3 近代家族と女性  147

第6章 近代天皇制の成立…            …159
   1 近代的国家機構の整備  160
   2 民衆と天皇  174
   3 帝国憲法体制の成立  188

 おわりに・                   :201

  あとがき 207

  参考文献
  略年表
   索 引



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