2012年8月30日木曜日

『ヨーロッパ的普遍主義』イマニュエル・ウオーラーステイン

ウオーラーステインに関しては以前から何度も引用された文献を読んでいたので、知ってはいたが、本来『近代世界システム』の基礎文献から読むべきところを、題名につられて先に読んでしまった。
副題の「近代世界システムにおける構造的暴力と権力の修辞学」という意味合いは、著者の弟子であり訳者である山下範久氏が日本の読者のために付け加えたようだ。
「暴力」という言葉は、本文ではあまり見いだせないが、山下氏は「訳者あとがき」で多く使っている。
これは我々、ヨーロッパの外にあって、その普遍主義に付き合うことによって生きざるを得ない、立場を表現しているように思う。

本文でも「軍事的」という言葉は見いだせるが、軍事そのものがもつシステムへの影響力の説明はない。
社会学は例外を除いて、それを避けてきたように思う。
経済や政治の暴力と一体化している、暴力そのものの軍事の本質を説明しないことにジレンマを感じてきたがこの書も同じであった。
しかし、科学や人文という学問そのものの暴力性も暴いていることには非常に参考になった。

エリザベス・アボットの『砂糖の歴史』 で生々しい奴隷という暴力の現場の書を読んだ後で、抽象的な暴力のレトリックを学ぶというのももどかしい。
戦争や災害によって脆くも崩れていく、都市文明を身近に感じながら、何とか99%の弱者の中でも何とか生き延びようという我々庶民の生き方に、別の生き方があるのか?
今日もシャープという企業の断末魔をニュースで見ながら、動乱期に生きる現代人の哀れさを思い知る。
1%の強者はシステムの暴力とうまく手を繋ぎながら、正体を見せない。
それを考えさせられる書である。
なお、「訳者のあとがき」も非常に解説として分かりやすい。

目次
ヨーロッパ的普遍主義-近代世界システムにおける構造的暴力と権力の修辞学

著者 イマニュエル・ウオーラーステイン

訳者 山下範久
2008年
発行者 石井昭男
発行所 株式会社明石書店

                   目 次


                 謝辞 9


             はじめに 11
   今日における普遍主義の政治学 

 第Ⅰ章 干渉の権利はだれのものか 19
    -野蛮に対する普遍的価値 

 第Ⅱ章 ひとは非東洋学者になりうるか 69
      -本質主義的個別主義 

 第Ⅲ章 真理はいかにして知られるか 105
      ~科学的普遍主義 

 第Ⅳ章 観念のパワー、パワーの観念 139
    - 与えることと受け取ること? 

          文献一覧 164
           訳者あとがき 168
           索引 189
Acknowledgments

Introduction:
The Politics of Universalism Today

1/Whose Right to lntervene?
Universal Values Against Barbarism

2/Can One Be a Non-Orientalist?
Essentialist Particularism

3/How Do We Know the Truth?
Scientific Universalism

4/The Power of Ideas,the Ideas of Power:
To Give and to Receive?

Bibliography


2012年8月23日木曜日

『砂糖の歴史』 エリザベス・アボット

この書籍も、今までの自分の研究を根本的に見なおさねばならないことを感じさせられました。
私は「奄美の歴史」は日本の歴史において非常に「不都合な歴史」と常々思ってきました。
あの歯切れの良い小熊英二氏でさえ「日本人の境界」で深いりすることをためらう地域ですから、よほど覚悟を持って歴史認識を考えないといけないと思っています。
やはり、一番の問題は村落によっては人口比3割を超えたという、ヤンチュの問題です。
奴隷、人身売買、年季奉公というような分析用語で簡単に括るわけには行きません。
色々と読みあさりましたが、今回読んだこの書籍はタイトルが「砂糖の歴史」と言いながら、実は近代奴隷制度の歴史であり、生活史でもありました。
『近世奄美の支配と社会』 (松下志朗 1983  第一書房)と一緒に読んで頂ければ、他人事ではないことに気付かされる筈です。
この書では中国とインドがプランテーション化を免れた地域として扱い、年季奉公者の部分を大きく取り上げていますが、奄美や台湾を考える時にはそれでは済まされないと思います。
オランダを媒介として仕組まれたシステムとして(専売制と日本の歴史家は呼ぶでしょうが)、近代奴隷制度による植民地としての視角を持つべき事を確証させてくれた書籍です。

目次
砂糖の歴史【さとう】【れきし】
2011年5月20日 初版印刷
2011年5月30日 初版発行
著 者  エリザベス・アボット
訳 者  樋口幸子
装幌者  岩瀬聡
発行者  小野寺優
発行所  株式会社河出書房新社

 序 章 7


第1部 西洋を征服した東洋の美味 17

 第1章 「砂糖」王の台頭 18

 第2章 砂糖の大衆化 56


第2部 黒い砂糖 93

 第3章 アフリカ化されたサトウキビ畑 94

 第4章 白人が創り出した世界 150

 第5章 砂糖が世界を動かす 181


第2部 抵抗と奴隷制廃止 227

 第6章 人種差別、抵抗、反乱、そして革命 228

 第7章 血まみれの砂糖 - 奴隷貿易廃止運動 266

 第8章 怪物退治―奴隷制と年季奉公制 297

 第9章 キューバとルイジアナ―北アメリカ向けの砂糖 326


 第4部 甘くなる世界 375

  第10章 砂糖農園の出稼ぎ移民たち 376

  第11章 セントルイスへ来て、見て、食べて! 421

  第12章 砂糖の遺産と将来 458



  謝 辞 497

  訳者あとがき 500

  参考文献 513

2012年8月9日木曜日

『民権と憲法』 牧原憲夫

私は日本の「創られた伝統」ということに関して言えば、日本の近代に関してきちっと把握できているという自信が無かった。
そこで岩波新書のシリーズ日本近現代史が読みやすいように思えたので、読み始めた。
2巻目のこの書は一見タイトルは面白みのないもので、全部読み切れるか心配だったが、下手な歴史小説より余程面白い。
Wikipediaには「牧原 憲夫(まきはら のりお、1943年-)は、日本の歴史学者東京経済大学非常勤講師。専門は日本近代史  特に明治期の民衆史社会史。 」と紹介されている。
タイトルが政治史のようなイメージを与えるのだが、民衆史・社会史に近い理由がよく分かった。

網野善彦氏は大上段に日本史の「創られた歴史」の部分を批判して、それはそれなりに考えさせられる。
しかし、牧原憲夫氏のように民衆の立場に立った史料を突きつけるほうが、底の浅い「創られた歴史」を笑い飛ばすことができる。
つい最近まで「美しい国日本」とか「和の文化の再考」とか、日本人をあたかも古い伝統の中で維持された民族のように捉える傾向が強かった。
網野氏は日本という国家の起源まで遡って批判したが、明治初期の状況を描くことで充分批判できることが分かる。

私はそもそも権力側にあった薩摩の歴史を調べることから取り組んだので、明治初期の薩長の動向は特に気になっていた。
薩長によって創られた伝統・歴史が、その後の薩長によって創られた軍や官僚システムの中からできあがった権力によって、当初よりもいっそう突出した既成事実の権威を持って暴走した。
薩長は潜在的に権威を維持しながら、表舞台から裏側に回ったという印象である。
その最たるものが近代天皇であるが、この書ではいかに伊藤博文が明治天皇を信頼していなかったかがよく分かる。
明治天皇は長州によって捏造されたとまで言われるのが分かるような気もする。

たぶん、多くの読者はタイトルだけで敬遠してしまいそうなので、この書を立ち読みでも良いから手にとって、章立てに拘らずに呼んで貰いたいと思う。
私が以前から研究してきた、教育史や家族史なども分かりやすく概観してくれている。
硬そうな岩波新書を読んでいながら、思わず吹き出してしまうことで愉快に感じるのではないかと思う。
高校の日本史を受験のために字面だけ勉強しただけでは、面白みのないこの時代を、面白く描いてくれているお勧めの書である。

目次
民権と憲法
シリーズ日本近現代史②岩波新書(新赤版)1043
2006年12月20日第1刷発行


著者牧原憲夫【まきはらのりお】
発行者山口昭男
発行所株式会社岩波書店

   目 次

 はじめに

第1章 自由民権運動と民衆…・
   1 竹橋事件と立志社建白書  2
   2 県議会から国会開設へ  8
   3 国民主義の両義性  18


第2章 「憲法と議会」をめぐる攻防:…・     ………・31
   1 対立と混迷  32
   2 明治一四年政変  38
   3 自由民権運動の浸透と衰退  30

第3章 自由主義経済と民衆の生活…          :59
   1 松方財政と産業の発展  60
   2 強者の自由と「仁政」要求  70
   3 合理主義の二面性  80

第4章 内国植民地と「脱亜」への道      ・…:93
   1 「文明」と 「囲い込み」 の論理  94
   2 琉球王国の併合  106
   3 朝鮮・中国と日本  112

第5章 学校教育と家族…・             …127
   1一八八〇年代の学校教育  128
   2 森有礼の国民主義教育 134
   3 近代家族と女性  147

第6章 近代天皇制の成立…            …159
   1 近代的国家機構の整備  160
   2 民衆と天皇  174
   3 帝国憲法体制の成立  188

 おわりに・                   :201

  あとがき 207

  参考文献
  略年表
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